■ナタリーのブログ 翻訳
 以下の文章は、USA NETWORKの公式サイトに掲載されているブログの、ナタリーのブログをLuiが日本語に翻訳したものです。原文の著作権はUSA NETWORKにあります。
JAN. 27, 2006
警部とコーヒーを

 ストットルマイヤー警部の奥さんが家を出た後、モンクは彼に私の電話番号を渡して、話相手が欲しかったら、いつでも彼女に電話してください、と警部に言った。
 私は、何の相談もなしに、いきなり重い責任を押し付けられて驚いたけれど、警部の前で異議を唱えたりはせず、ええ、いつでも電話してください、と言った。まさか、警部がモンクの言うとおりにするとは思わなかったから。
 なぜって、彼は警察官。ということはつまり、タフで、ストイックで、何があってもへこたれたりしなくて、弱味なんかない(もしかしたらそれが、彼の結婚生活が行き詰まってしまった原因のひとつも知れないけど、でも、私に何がわかるかしら?)ってことだもの。
 それに、私達は友達ってわけじゃない。私達の間にある唯一のつながりは、お互いにエイドリアン・モンクに対して、気遣いと愛情を持っているってだけ。
 だから、土曜日の午後、ストットルマイヤーが電話してきた時、私は自動的に、彼はモンクを探しているんだと思い込んでしまった。

「誰が死んだの?」
 冗談交じりに尋ねると、彼は「誰も」と答えた。
「もしよかったら、コーヒーでも一緒にどうかと思ってね」
 その後、私が何か返事するより先に、彼はあわてて付け加えた。
「別に、君をデートに誘ってるわけじゃない」
「あたりまえよ」と私は答え、すぐに、彼が今の私の言葉を悪くとってしまう可能性に気づいて、しまったと思った。妻に去られて以来、彼は自信を完全に失っているに違いない。今の彼は、自分は地球上で最も魅力のない男とみなされているなんて、絶対に思いたくないはず。
「違うんです。あなたとなんかデートできないって言ってるんじゃないの。あなたはとっても魅力的な人だけど、 私が言いたいのはつまり、あなたがそんなつもりじゃないってことを、私はよくわかってるってことなんです。私の言っていること、わかります?」
「ああ」と彼は言った。
「やっぱり間違いだったな。この電話のことは忘れてくれ。なかったことにしてくれないか」
「待ってください。いいんです。コーヒーはいい考えだわ。ほんとに。ジュリーは友達と映画に行ってしまったから、私は、洗濯だの皿洗いだの請求書の整理から逃げ出す口実を探しているところだったの」私は言った。
「どこで会いましょうか?」

 私達は、私の家から少し歩いた場所にあるコーヒーハウスで会った。彼はひどく落ち込んだ様子で、私は思わず彼を抱きしめたくなった。あくまでも母親のような気持ちで。私は、不幸な様子をしている人を見ると、誰であれ抱きしめてあげたくなってしまう。ジュリーが生まれるまでは、こんな気持ちになったことはなかったのだけれど。でも、抱きしめる代わりに、私達は握手をした。ものすごく奇妙な気分だった。

 彼は「調子はどうだい?」なんて呟き、私達は世間話をしながらコーヒーとペストリーを買って、席についた。ものすごく奇妙な沈黙の時間が過ぎ行く間、私達はそんなものまるで気にしていないふりをしながら、コーヒーを吹き冷ました。

 やがて、彼は言った。
「モンクのことを、前よりもっと理解できるようになったよ」
「どういうことですか?」
「彼はいつも問題を抱えていたけれど、トゥルーディに出会って、心のバランスを見出し、社会に適応できるようになった。だが、彼女を失って、彼は、彼自身をも失ってしまった。彼の心はバラバラに壊れ、それを彼は今、必死に元に戻そうとしている。彼が、狂ったように彼を取り巻く世界を隅々まで秩序だてようとするのは、そうすればまた、社会の中に自分の居場所を見出せるかもしれないと思うからなんだ」
「そんなことは、あなたは、以前から理解していたんじゃないの?」
「ああ。でも、今ほどは理解していなかった」
「どういうこと?」
「俺も孤独なんだ。君は考えすぎだと思うかもしれないが」
「何を考えすぎているんですか?」
「妻はよく俺のことを、自分自身の小さな世界に閉じこもっている、と言っていた。妻や他の人々を閉め出してね。まるで一人で住んでいるのと同じだ、って。でも、同じなんかじゃない。その違いはよくわかっている」
「今は実際に、一人で住んでいるんですものね」
 そう言ってから、私は自分の口から飛び出た浅はかな言葉を後悔した。
 彼はうなずいた。「その通りだな」
「ごめんなさい」私は言った。
「誤る必要はない」とストットルマイヤーは言った。
「こんな仕事に就いているわりには、俺の結婚生活は長く持ったと思うよ。俺は毎日、人間性の最も最悪な部分を見つづけて、それらのものから彼女を守っているんだと思っていた。もし彼女に何もかもを話していたとしたら、家に帰るたびにその日に会った出来事を全部ぶちまけていたとしたら、彼女は今でも俺と一緒にいてくれたと思うかい?」
 私は肩をすくめた。
 彼はコーヒーをじっと見つめた。
「問題は、俺が孤独に生きていく方法を知らないと言うことなんだ、ナタリー」
「あなたは孤独ではないわ。あなたには家族も友達もいるんですもの」
「君のご主人が亡くなった時、周りの人はそう言ってくれたのか?」
「あなたの奥さんは死んではいないでしょう」
「そうであってくれたほうが、まだましだ。彼女に会い、立ち去っていく姿を見るたびに、俺は、少し死んでしまう」
「それを彼女には言ったんですか?」
「彼女は知ってるよ」
 そのことについて反論する気にはなれなかった。彼の言葉が正しいのかどうかわかるほどには、彼のことも彼の奥さんのことも、よく知らなかったから。
「あなたは、エイドリアン・モンクのようになってしまうことを恐れているの?」
「俺が昨夜何をしたか知ってるかい、ナタリー。靴を磨いたんだ。今まで一度も、靴を磨いたことなんかなかったのに」
「じゃあ、靴紐がきっちり同じ長さになるように計ってから、買った時のまま新品同様の箱に入れて、色別に並べましたか?」
「いいや」
「じゃ、あなたはモンクじゃないわ」
「でも、モンクっぽいと感じたよ。今朝、その靴を見たとたん、外に出てすぐ泥だらけにしてやった」
 たしかに、それはちょっとヘン。でも、そう言う代わりに、私は言った。
「靴を磨こうが、お皿を洗おうが、それ自体はたいしたことじゃないわ。あなたが今、耐えている辛い人生における、ひとつの儀式であり、義務に過ぎないんですもの。あなたは、自分ではそうではないと感じていても、ちゃんとやっていると思う。それはたぶん、ひとつの克服の過程なんだと思うの。ある日、目覚めると、悲しみはそれほど酷くはなくなっていて、あなたのガレージは片付いている。それって、ちょっとしたボーナスみたいなものだと思いません?」

 彼はしばらく考え込んだあと、ため息をついて立ち上がった。
「ありがとうナタリー。感謝するよ」
「いつでもどうぞ、警部」私は、節度を保って言った。
「これからどうするつもりです?」
 彼は肩をすくめた。
「ガレージの整理でも始めるかな」

 そして彼は歩き去っていった。


翻訳:Lui

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